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Column No.0001 2002/06/20
悪弊が今も続く日本酒の世界

ここ60年の間に日本酒は何百年と受け継がれてきたそれ以前の日本酒から大きく変貌を遂げました。平成4年に廃止されましたが、昭和14年からの級別制度の導入、さらには戦時中の米不足による酒造原料米の枯渇からの醸造用アルコール(当時の醸造用アルコールは火薬製造のために大量に生産されていたさつま芋を原料とするエチルアルコール。現在使われている醸造用アルコールの主流は砂糖キビから砂糖を精製するときにできる副産物である廃糖蜜(モラセス)を原料としたモラセスアルコール)を増量目的で添加することの昭和18年からの実施、そして醸造用アルコールの添加により薄っぺらくだだ辛く変貌した清酒を旨く感じさせるために昭和24年から認められた醸造用糖類(ブドウ糖、粉末水あめ)やグルタミン酸ソーダ他、各種調味用酸類の添加というこれらの国(旧大蔵省)の施策により本来全てが純米酒(これらが添加されるまで純米酒という言葉すらなかった)であった日本酒が大きく変貌を遂げたわけです。

そして、戦後において歴史ある灘、伏見という「酒どころ」の知名度を生かした大手メーカーの大量生産がマスコミ広告とあいまって大量販売へと繋がり全国制覇を遂げていったわけです。大手同士のシェア争いは、値引きや現品付き販売(10本仕入れると2本付きとか5本付きというような条件付き販売)の横行を招き、規模の小さな地方の蔵もそれに対抗せざるを得ず、次第にその体力を疲弊させていきました。

桶買いのこと

大量生産システムは、自醸酒(自分の蔵で醸造する酒)だけで販売量を充足できず、他の蔵から酒を買って自醸酒と混ぜて販売する「桶買い」というシステムを誕生させました。

請け負う蔵側(桶売り側)としては、もちろん大手の示す酒質設計に合わせた酒を製造するわけですが、自分の力で売る酒を造るわけでなく、売り先の決まっている楽な酒造りでもあり、このウエイトを高めていった地方の蔵も多かったようです。しかし、この桶売りに依存した蔵は、大手の販売量の増減に対し彼らの設備投資を伴わない都合の良い調整役となっていたわけで、ある年に突然契約を打ち切られるという憂き目にあう宿命をも背負っていたわけです。自らの酒を販売するという努力を怠っていた蔵にとって、そこには廃業しかないという悲劇が数多く見られました。この現実は、近年の酒蔵減少の大きな要因の一つでもありました。1955年当時で4021蔵、2000年は1980蔵〔日本酒造組合中央会資料〕で、2002年では1500蔵と推測されています。

考えてみるとおかしなことで、桶買いした何社かの酒(最盛期の大手の一升瓶の中身は、その50%〜80%が桶買い酒であった)を混ぜて毎年同じ味わいの酒を造るというような考えられない技の裏に何があったのかということです。そのマジックがアルコール添加であり糖類やグルタミン酸ソーダ他調味酸類の添加であり、炭素濾過という合成酒製造の如き裏技であったわけです。次回は、ここで初めて出てきた炭素濾過ということについて少しお話しさせていただきます。